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ペット
ねねが亡くなって、一か月と10日ほど経ちました。
ねねが亡くなる前日、車で昔から見てもらっていた主治医のところに連れて行きました。
この頃は大きな総合病院に行っていたのですが、前日に行ったところ、いつもの先生がいらっしゃらず、
年配でエラそうな医師が、しんどくて動けないねねを無理に検査した挙句、
文句だけ言って打つ手がないと投げたからです。
主治医のところに行くときは、ねねを連れて行くときも、お薬をもらいに私だけが行くときも
必ず同じ道を通って行き、同じ道を通って帰る習慣でした。
いわゆる願掛けみたいなもので、ねねが主治医で初めてお世話になってから、十五年と七か月続けてきたことでした。
この道を通って行って治療してもらい、同じ道を通って帰ればきっと治る。
そう信じて続けていた習慣でした。
ですからこの日も、いつもの道を通ろうと車を進めると、
なんと工事をしていて迂回しろと警備員がたっていたのです。
不意に、悪い予感がよぎりました。
こんな日に限って、あんな狭い道を、今まで、十五年七か月の間、
一度だって工事なんかしていたのを見たこともないのに、
今日に限って、この大事な願掛けの道を通れないなんて。
途中までは迂回しましたが、意地になって途中からギリギリのところでいつもの道に戻って、
続きの道はいつも通りに進みました。
ねねは、2日間飲まず食わずです。
意識ははっきりしていますが、ペタッと突っ伏して動けません。
そんなねねを見て、主治医は何と「風邪」と診断。
先生も年を取ったのか、ずいぶんな誤診ではありませんか。
熱があったのは確かなので、先生のうった熱さましの注射は、確かに効きました。
でも、ねねはやはり、その晩、天に召されたのです。
風邪、と聞いたときに、ありえないとは思いましたが、
直感的に、ねねが助からないのは感じていました。
ただ、お腹が少し痛そうなのと、おしっこを2日もしていないので、
苦しくないかと心配だったのです。
主治医の留守電にお腹が痛いようだと訴えました。
救急病院に痛み止めだけうってもらえないかと電話をしても、断られました。
痛い思いをさせて、死なせたくなかったのに。
亡くなる前の三時間ほどの間に、三度ほど「ヒャン」と鳴きました。
1時間おきぐらいにです。
お腹が痛いのだろうと、私はお腹を撫でていました。
嘔吐も何度かしました。
でも、いたいのが辛そうでした。
気にしていたおしっこが、不意に出たので、
私は頭のどこかで、死を直感しながらも、おしっこが出てよかったと思いました。
2日ぶりに便も出ました。
相変わらずのタール便で、大腸がんをここへ来て本気で疑いました。
もしかしたら大腸がんかもしれないとは思っていましたが、
大量の薬を飲みつづけていたせいで腸が荒れているのだと思っていたのです。
便が尿道についたら膀胱炎になると心配して、一生懸命拭いていました。
死を直感しているというのに、もしかしたら、まだ一緒に生きる時間があるのでは、と。
主治医の「風邪」という誤診を信じたかったのかもしれません。
でも、ねねは亡くなってしまいました。
家族全員で体を撫でて、ねね、ねねとみんなで呼びました。
そんな中、ねねの鼓動は止まりました。
二年間飲み続けた4、5種類のお薬も飲まなくてよくなりました。
お腹の調子が悪いので、自分で考えて、大変しっかり咀嚼してご飯を食べるという苦労も、
もうしなくてよくなりました。
倒れたり心臓が痛くなったりすることはもうないから、
きっと天国の神様のもとで、たくさん走り回っていると
そう思うのです。
生きている間に、ずいぶん、つらい思いをさせてしまいました。
会いたい。
会いたいです。
胸の痛みは癒えるどころか、日に日に増してきます。
ねねを、ぎゅーっと抱きしめたいのです。
あの子のぬくもりの記憶が、私の体から離れません。
本当にいなくなったのだということが、不意にわからなくなる時があります。
何で生き物は生まれて死んでいくのか、
人間の私にはわかりません。
神様にしかわかりません。
わからないのはつらいのです。
悲しいのです。
どうすればいいかわかりません。
ただ、会いたいのです。
ねねに、会いたい。
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